ラスベガス旅行(3) 芸術とエンターテインメント
今回の旅行で際立っていたもうひとつの側面は、芸術とエンターテインメントの違いである。
カジノは(人生そのものを賭けるような大勝負をする者は除いて)もちろんエンターテインメントだし、ナイトショーにしても誰もが楽しめるように設計されている。この「誰もが」というところが重要で、観客の言語的・文化的背景とは無関係に、本当に誰でも楽しめるようになっている。
おそらくラスベガスの場合は、信条ではなく単純に経済的な論理(できるだけ多くの観客が呼べるもののほうがショーとしての採算がよい)からこのようなスタイルになったのだと思われるが、この点が歌舞伎やオペラとは決定的に違う。
つい我々は、舞台がグルグル回るショーやトップレスダンサーよりも、歌舞伎やオペラのほうが文化的に高尚であると思ってしまいがちだが、そういったものは価値の基準がいまいち不鮮明で、評価が権威主義的なんだよな。
この記事で連想したが、たとえばゴッホの絵は今でこそ高価だが生前はまったく無価値だったわけで、これほどの落差が出るというのは価値が観客ではなく時の権威者によって決められている危うさがあるということになる。
実はいままでは、大衆を満足させることをつきつめ、短絡的な娯楽に走るとセックス&バイオレンスしか残らないだろうという理由でいわゆる「高尚な文化」に軍配をあげていたのだが、今回の KA とその後調べた Cirque Du Soleil の他の作品の内容を調べた結果その認識は変わった。いままで高尚だと思っていた娯楽は単に好む観客が限定される「ニッチ」であったにすぎず、理解できない奴は無教養といった議論は誤りである。
Cirque Du Soleil式の娯楽であれば幅広い層が満足でき、かつ低俗でないようにできる。映画でいえばたとえばインディ・ジョーンズのような存在だろうかね。芸術とはニッチなエンターテインメントの別称だった、というのが今回の発見である。
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