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2006.06.13

敗戦

 すっかり自虐的になってますよ... ついでに株価もすさまじい下落だし。

 戦術的な敗因については(特に小野投入後のことは)あちこちで書かれているので手短に。
 前半の戦犯としては俊輔を挙げたい。ふだんのパス精度がまったく見られず、テンポの悪さが際立っていた。もともと大舞台での心臓の強さはイマイチ感があり、4年前にトルシエに選ばれなかったのもまさにそこだったわけだが、やはりそれは正しかったと思いつつ見てました。

 しかし、何といっても気になるのは今日から延々続くであろう、マスコミを中心としての「まだ2試合ある」「あきらめなければ奇跡は起きる」といった主張だ。

 初戦に敗れれば厳しい、というのは当初から皆さん一致した見方だったのであり、それが崩壊すると急に悲壮な精神主義に走るというのは見たことがある。太平洋戦争だ!

 絶望的な戦いを延々とつづけ、原爆落とされるまで敗北を受け入れなかった国民性が如実に出てますネ...

 その意味ではまさに昨日の試合はミッドウェー海戦だった。戦いの大勢を決めただけでなく、有力選手を並べて自由にプレイさせれば勝てるというジーコの大鑑巨砲主義がヒディンクの現代的な組織サッカーに敗れたという点でもね。

 精神力も大事ではあるけど、それが機能するのはちゃんとした戦略と計画があるときだけだと思うのだけど。サッカーだけでなく人生なんでもね。実際ヒディンクの試合後のコメントはこうだ。

ドイツ戦での日本は良かった。ドイツの4人のDFを上回っていた。われわれは日本のMFを研究して勝つことが鍵だった。ラッキーだったのは確か。しかし、運を手繰り寄せるには、何かを実行しなければならない。計画があり、実行してこその運。実行したから運がついてきた。

 まあ、こうやって国の歴史と文化を背負って戦うのがワールドカップなので、ずっと見続けていきますよ。

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コメント

>精神力も大事ではあるけど、それが機能するのはちゃんとした戦略と計画があるときだけだと思うのだけど。

ごもっともなんですが、ドイツは別ですよね(笑)あそこは戦略とか計画がなくても精神力で何とか乗り切ってしまうという・・・ミューラーとかネッツアーあたりの頃のゲーム見たりすると割りに面白さを感じたりもするんですが、ドイツのサッカーは面白さも何もないのでキライです。とは言いつつ今年のドイツには珍しく好感を持っています、攻撃のメンツ、下手でつまらないベテラン多く使われるよりまだ荒削りな部分が残るポドルスキーとかシュバインとか、このクリンスマンの姿勢は期待していたいです。
イタリアに関しても普通ならW杯にしろEuroにしろとっとと負けてくれと思うのですがカテナチオをかなぐり捨ててまで攻撃する姿勢を見せるあたりは評価したいと思います。
あとちょっと寸評いわせてもらうと・・・
イングランドは、優勝候補といわれるだけ会って確かに魅力ですね、ホント。ルーニー怪我したけれどクラウチでいけんぢゃねーの!?って感じで。ただあの豪華な中盤、守備のスペシャリストが一人もいないのだが、ほんとにそれで乗り切れるんだろうか?ドライバーだけそろえてもゴルフはできんのだが・・・それでも緒戦は見事に期待を裏切る凡戦でした。
チェコには何とか上位進出を目指してもらいたいです。前回のW杯ではなんであんなつまらないサッカーしかしないベルギーみたいなトコに負けんねん!と悔しがったのを覚えています。まとまりという意味でも高齢化という意味でも前回のEuroと比べると落ちますがね、なんとか上位進出してもらいたいものです。
そうそう、じつは全然期待してなかったんですが、メキシコはなかなか面白いサッカーを見せてくれる、そんな期待を持たせるチームでした。ポルト戦が楽しみです。

というかW杯にしろEuroにしろ16チームくらいで十分だと思うんですよね。もっと質なりステータスを高めるという意味でも。ただ拝金主義をぶっちぎるFIFAに後戻りを期待することはできませんが。

あと敗北を受け入れなかった国民性のその大部分は軍部首脳によるところが大とでもいえるでしょうかね?戦況が悪くなると真実をシャットアウトし国民に無謀な戦いを強いて・・・ここでふと思ったんですが日露戦争での203高地で多くの兵士に無謀な突入を強いた乃木希典、結果的に203高地はとれたものの、こうした精神性はコイツあたりから連綿と受け継がれているんでは?とか考えてしまいました。それとも単に無能だったというべきなんでしょうか?強行突破一本やりの作戦だけでは絶対に無理だったでしょうから。
ただ話を元に戻すとドーハの悲劇のときの「感動をありがとう」とか、フランスのときの予選リーグ1勝1杯1分けとかいった、たわけた楽観論が多少なりとも少なくなっただけ良くなったとはいえるんではないでしょうか?私見ですが。

スイマセン、ちょっとのつもりがながくなって

延々と続いた~のは
単に視聴率を落としたくないTV局の都合。
いつものことです。
戦争の精神主義と比べるのは間違い。
戦争ではフランスも中国もどの国でも
たとえ戦局不利になっても国民を奮い立たせる
ようにするのが指導者と宣伝機関のお仕事。
毛沢東も蒋介石もドゴールも中国人民もフランス
国民も日本帝国の臣民も戦となれば同じ。
近代戦ではそうなる。

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