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2008.12.28

派遣切り

最近急増した派遣切り関係のニュースをみての感想をちょっと。

【マスコミ】
一番腹が立つのはこれかな。特に民放のテレビは、「世の中にはこんなかわいそうな人がいますよ!」と貧乏を見世物にしている感がありありでたいへん愚劣である。社会の不合理を報道する、という名目の皮をかぶっている分だけさらにたちが悪い。

【企業】
人を減らすのは経営だからしょうがないのだが、正社員が保護されすぎてるがゆえに非正規従業員に余計にしわよせがいっているのが問題だ。僕もこの前、人を雇う関係で一通りしらべたけれども、正社員の保護のされ方は小企業にはきつすぎる。
そもそも社会保険を考えると会社負担は従業員の取り分の3割アップだし、賃下げも解雇も容易にはできない。だったら正社員は何があっても不要にならない程度の人数に抑え、あとは派遣で調整するなり他社にアウトソースするに決まっている。まともな経営者ならかならずそうする。単純作業の仕事ならなおさらだ。
なので政策としては派遣の保護ではなく正社員の立場を弱くする方向でやってほしいが、そういう政策が出るとは考えられんな。

【派遣の人たち】
全員が、というわけではないんだろうが、不況になればまっさきに切られる存在なのは分かっていたんだから、そうなったときに備えて貯金と仕事のスキルを蓄えておかないようでは自助努力が足らないと言われても仕方ない。それと、文句は派遣元の会社に言うのが筋なのでは?とも思う。
彼らの不幸のひとつは、その立場を代弁する政党がないことだよな。一応共産党が一番近いのか? でもあまりに頼りないし、たまに行動力のある奴がいてもアキバで無差別殺人とかでは救いがない。今は自民も民主もダメダメなんだから、レーニン、毛沢東、ゲバラ級の指導者が出て革命を目指してほしい。
本当に革命になるかは無理にしても、政治に緊張感は出ると思うよ。


しかし、GM・クライスラーにしてもそうだが、大きな問題が製造業のキングである自動車産業で起きているのは象徴的だ。僕は運転免許持ってないしこれからも持つ気はない上、ふだんチャリで車道を走る身としては世の中の車が減るのは大賛成なんだが、いつも過激なポール・グレアムが示唆している方向なんだと思う。

もう一つ悩ましいのは、2ヵ月後に生まれる娘をどう育てたらいいのかだ。普通に有名校・有名企業だけを目指すキャリアではダメなのはもうほぼ確実だし、かといって僕がたどってきた道も同世代では特殊だから大して参考にはならないし。

2008.12.23

日本語が亡びるとき


 あちこちのblogで話題になっていたので遅ればせながら読んでみた。が、今年最大のハズレ本だったよ!いちおうアフィリエイトリンクが張ってあるが、わざわざ買って読むことはお勧めできない。まず文章がひどい。何段落進んでもほとんど同じ内容の繰り返しで、どこに論点があるのかが見えてこないので読んでいてイライラする。(これに関しては同意見)

 それを乗り越えて要約すると、

* 今後、英語ができないと世界とやりとりできないので重要性がさらに高まる。日本語の価値は相対的に低くなる。
* そうすると日本文学の資産がなくなるのでたいへん困る。現に最近の文学がダメになってきている。
* 日本国民は英語と日本語の両方を身につけるべきである
* 英語を学ぶ機会は社会人になってもたくさんあるが、国語教育は学校でしかできないから学校は国語に力を入れるべきである

 こんだけである。

 どうしても理解できないのは「日本文学の資産がなくなるのでたいへん困る」というところだ。そりゃまあ著者本人は、夏目漱石に心酔した元文学少女だから文学が大事なのはわかるが、それは単なる感傷だ。「ゼビウスをやっていない奴はゲームを語るな」「ゴダールを理解できない奴は映画を語るな」「アセンブラを知らないと真のプログラマとは言えない」のような、ヲタが陥りやすい独善の文学版にすぎない。文化や伝統は学校教育なんかとは関係なく続くものだし、もしそうしないと亡びるような文化であればもともと守る価値なんかなかったってことだ。

 個人的には、日本語みたいに文法が複雑で使用する文字も多い言語はもううんざりしている。現代の日本語を使いこなすためには助詞の微妙な使い分けや主語の省略、敬語や文語、絵文字や2ちゃん用語やらなんやらを知っている必要があり、"仕様"としてはクソといっていい。こんな大変なものを覚えてなおかつ英語で苦しんでいるなんてマゾとしか思えない。はっきり言って、僕は英語が公用語になっている社会で育ちたかった。(でも食事と酒は和風が良い)

 日本史ではこれまでに2回、英語の侵略を受けるチャンスがあったが、ペリーもマッカーサーもそれを逃したのが残念でならない。あるいは、インドのようにイギリスの植民地から出発した方が日本にとっては幸せだったかもしれないと思った。

※別に文学なんて滅びてしまえというのではない。太宰治や三島由紀夫は僕も好きだ。でも日本人としての教養だとまでは思わない。
※Webで他の感想を読むと、事の発端となった梅田望夫氏ほか、海外生活が長い人は全く違った見方ができるのかもしれない。

2008.12.15

iPhone版モノポリー

iPhoneでこれまでに買ったゲームのうち、いまのところ最も技術的に高いレベルなのはモノポリーだ。3DアニメーションはNintendoDSに匹敵する。ごく稀にクラッシュするけど、ゲームは常時自動保存されているみたいなのでそれほど問題にはならない。

オリジナルのボードゲームのモノポリー(中学生のころやった記憶がある)だと、金の勘定が面倒だったり、序盤で破産したプレーヤーが暇になりがちだったりでゲームとしてはあまり楽しめなかったのだが、コンピュータだとそういう問題はないので楽である。

iPhone版では土地の名前が世界の都市になっているので、決定的な破壊力を持つ「ボードウォーク」は今回はモントリオールだ。家3軒以上のところに狙ったプレーヤーが飛び込んでくる快感はたまらんな。

ただ不満なのは、コンピュータ戦で難度を高めた場合、サイコロに細工がされるっぽいことだ。証拠はないがかなり腹立たしい。俺のホテルを素通りするくせに自分が振るとホイホイ飛び込んでしまうので極めて勝ちづらい。逆に、その分敵はチャンスカードを引く頻度が高いので、カードでボードウォークに飛ばされるのを期待して家3軒建ててじっくり待つのが効果的のようだ。少なくともオレンジの土地を無理に揃えに行くよりはマシに思える。

今度はシムシティも出るらしいし、iPhoneもゲーム環境としてかなりいい感じになってきた。ちょっと相場関係を離れてゲームも作ってみたくなってきたなあ。

2008.12.10

iPhoneのUIに思うところ

 ここ数カ月、ちょこちょことiPhone用のアプリ(主にゲーム)を買って調べている。まあそれほど遊びたいわけじゃないんだけど、ユーザーインタフェースの研究を兼ねてね。単価が安い(1000円程度が多い)のでつい気軽に買ってしまい、1~2回しか起動してないのがいっぱいあるんだけど。
 
 しかしiPhoneでなにしろ重要なのは、ちょっとしたダイアログボックスを出すのでもアニメーションしたりフェードイン・アウトしたりの視覚的なエフェクトを工夫するのが当然のプラットフォームになっている、ってことだ。これは家庭用ゲーム機やゲームセンターでは10年以上前から常識だったけど、ビジネス用アプリケーションではなかった。

 一般に、プラットフォームではその代表的なアプリケーションがUIの標準を決める。WindowsではエクスプローラやWordやExcelが代表的なアプリケーションであるから、その流儀に従うのが正しい。どんなに格好いいUIを思いついたとしても、「Excelではこうなのに」とユーザに思われてしまえばそれまでだ。ユーザーインタフェースに関しては、初めて使うときでもユーザ自身の過去の経験から機能が類推できる、というのがきわめて重要である。
 また、ビジネス用アプリではゲームと違ってユーザは他のアプリと切り替えながら同時に使うものなので、どのアプリもデザインセンスがある程度統一されていることが望ましい。この点でもOfficeをまねるのは正しい。(ちなみにLinuxのデスクトップが流行らないのはUIをリードするアプリケーションがないからだと思う)

 今後5~10年かけてマイクロソフトがゆっくり衰退していくのは多くの人が同意することだろうけど、その敗因は視覚効果を軽視してきたWordやExcelや(その他のアプリケーションを作る道具である)VisualStudioにかなりの割合があるように思うようになってきた。携帯デバイスよりPCのほうがプロセッサ・メモリ・画面面積すべて有利なんだから、せめてFlashレベルのアニメーションを使ったUIをネイティブでサポートし、WordやExcelで範を示すということをしてもらいたかった。
(ついでに言うと、何でWindowsのフォントはあんなに汚いんですかね。この点ではAppleは抜群にすばらしい。)

 もう携帯電話もタッチパネルが続々と搭載されているし、iPhoneが持ち込んだカルチャーが急速に勢力を拡大しているのは明らかなので、GUIを扱うエンジニアは一通りのゲーム開発に必要な知識も押さえておくべきだろう。
 手始めにiPhoneでのOpenGL ESを攻略しようと思っている。

 というかですね、もうじき子供が生まれるので(来年2月下旬予定)、MacBook1台あればできる作業を手元にたくさん用意しとかないと時間が相当無駄になってしまうんですよ。今から態勢を整えないとね!

2008.12.05

はじめての従業員

 来週から、僕ははじめての従業員を雇い入れます。

 今まで仕事上対等の立場のパートナーはいたけれども、純粋な従業員というのは初めてになる。もちろん、この前書いた条件

* 少なくとも一つのプログラム言語に精通している
* 趣味でもプログラムを作っている
* 自分の腕を磨き、将来独立することをキャリアの有力な選択肢としている

 はすべて満たしている。プログラムも実際に書かせてセンスも見たし、しかも相場好きなので適性としてはきわめて有望だ。もちろん、仕事の合間に相場を張るのは許すよ!

 やはり、これはと思う人材にはちゃんと給料も相場以上に出して仲間にすべきだ。その原資はどうするんだというのは大きな問題なんだが、つきつめるとVCとかの外部の資本に頼る(時間は節約できるが失敗の危険も大きい)か、まずは一人で頑張って仕事をして稼ぐ(仕事のネタさえ良ければ成功しやすいが時間はかかる)かのどっちかしかない。僕は悩んだ末後者を選んだが、どっちがいいのかはもちろんわからない。

 一方、優秀な人物であるほど、やがて自分でやりたいことを見つけて手元から離れてしまいやすいというのもある。これは将来確実にやってくる問題なんだが、かつて僕がそうやって辞めたので無理に引き留めるのは道義に反する。これも、辞めたとしてもその後人脈としてつながりが維持できればOK、くらいに考えておきたい。

 ちなみに採用の決め手は、面談のときに彼が言った「優秀なプログラマは常人の10倍の仕事をします」という言葉だ。これは事実としてはよく知られている(と思う)けれど、それを面談の場で言う図太い神経が気に入った。借りてきた猫のようだった派遣社員の面談とはえらい違いだ。

 僕の会社としての理想は、常人の10倍の仕事をする奴を集めて常人の5倍の給料を払い、残りは社長兼オーナーである僕がいただく、というものだ。あるいは、週1~2日だけ働いてもらって常人の給料を払い、残りの時間はオープンソース活動とかの好きなことをしてもらうか。
 搾取してるように見えるかもしれないが、日本の普通の会社だと10倍仕事しても給料はせいぜい1.5倍くらいにしかならないからな。「10倍仕事をする」というのは、製造業や一般のサービス業では絶対に不可能だけど、ソフトウェアでは十分可能である。

 一応、この目標に少しだけ近づいたぜ。

2008.12.01

裁判員候補です

候補者通知来ちゃったよ。マジで。1/350の確率を引き当てましたね。
候補者であることも公表してはいけないそうだけど、まあ実際に担当する事件が決まらないうちは目くじらたてることもあるまいと思うので白状しちゃおうと思う。もちろん担当する事件が決まったら秘密にする(友人と飲みに行ったときには良いネタになるであろう)けど。

制度の理念については賛成なんだけども(刑事事件は「公訴」というくらいだし、建前としては国民全体の権利であるものを検察官に委任しているわけだから)、素人6人揃えて何か有意義な議論ができる気はあまりしない。結局、裁判官の誘導どおりに無難な結論を出して退屈な時間を過ごしただけで終わる可能性が高そうだ。
リアル「12人の怒れる男」みたいな展開になれば最高に面白いけど、それは期待しすぎだろう。

個人的には、凶悪な奴は容赦なく厳罰にするつもり。北斗の拳の「汚物は消毒だーっ」のノリで。

まだ候補者になっただけだから実際に裁判員になるかもわからないが、万が一世間的に注目を集める事件が当たったりしたら仕事にならなそうだ。

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