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2012.07.15

価値の大小を他人と定量的に議論するには金しかない

 よく、起業は飛行機の離陸に例えられる。滑走路の残りの長さ=手持ち資金で、速度を上げながら(=時間あたりの資金消費量を増やしながら)進み、手元資金が尽きるまでに離陸できればOK、でなければ離陸失敗で事故、というわけだ。
 この例えでは、もし途中で離陸できそうにないと判断した場合は、強引に滑走路を延長する(=増資)か、離陸できることに賭けてそのまま突き進むことになる。

 僕の仕事スタイルは、これでいくと小型のグライダーだ。滑走路は要らなくて、小高い丘があればいい。よほど条件が悪くない限り離陸はできる。その後も小回りはきくし、景色もよく見える。でも1人しか乗れないし、速度はジェット機より比較にならないほど小さい。

 この比喩はけっこうよくできている。

 とくにエンジニアであれば、「小回りがきく」ことはきわめて重要だ。ちょっと気になるライブラリが出たり、面白そうな本に出会ったりしたときに、その日の仕事の予定を変更して今興味あるものにとりかかれる自由を確保する、ということだ。
 もちろん重要な締め切り間近とかではそうはいかないが、僕の場合はタイトな期限というのは年2~3回なので大抵の日は融通が利く。

 でもサラリーマンではこうはいかない。個人的興味でフラフラその日のタスクを変えるのは、仮に長期的には何かの役にたつのだとしても、株主の時間と金を無駄にしていることになる。それがオーナー社長であれば、株主としてだけでなく実務を遂行する上司としての立場からも無駄であるのでとうてい受け入れられない。

 逆に、ある程度大企業になれば、興味のあることを手当たり次第やって情報収集するのが任務、というケースもあるだろうけど、中途半端な規模の組織だとそれは難しい。エンジニアとして好きなテーマを選択してそれを仕事にすることを優先するなら、自営でやるか大企業かどっちかだ。中間はない。

 つきつめると、組織で仕事をするとなると、価値観は個人個人でバラバラだから、金銭的効率をもって仕事の価値とするというルールを設けないと収集がつかなくなるというのが真の理由である。何かの価値の大小を他人と「定量的に」議論するとなると、結局は金以外に基準の置きようがない。

 僕が人を雇うことを極力避けてきたのはそこが大きい。自分が忌み嫌ってきた不自由を他人に強制するのはどうしても気持ちのうえで抵抗があるのだ。

2012.07.05

執念深さ

 どんな分野でも、成否がアイデアとモチベーションにかかっているような仕事をする場合、もっとも大事な要素は執念深さだと思うわけです。
 少々の失敗ではたじろがない心がないとやってられないので、手がける分野が好きでないと。いくら失敗しても執念深く継続するためには、好きな分野であることは必要条件。

 ソフトウェアというのは道具なので、何のための道具なのかというのが常につきまとう。純粋にコンピュータの世界で閉じているソフトウェアは例えばOSとかコンパイラとかVMとか仮想化環境とかだけど、それはソフトウェア全体からみればごくわずかな世界で、ほとんどのソフトウェアは「ソフトウェアの世界に生きていない人」が使うためのものである。

 なので、良いソフトウェアを作るためには、そのソフトウェアがターゲットとしている世界もよく知っている必要がある。
 プログラマとして優秀だが会計は素人、という人が会計ソフトウェアを作ってもろくなものにならないのは容易に想像できるけれども、実際の世界ではそういうのばかりである。
 知らない分野のソフトウェアを持ち込まれても機能の良し悪しを判定できないし、ましてや自分でアイデアを思いつくことはできない。同様にユーザの目からみても、基本的なところから説明しないと要望を伝えられないので無駄が多い。

 僕の場合は、トレーディングツール(しかも最初はクライアントサイド)を選択したのはそこが大きい。自分がよく知っていて、かつ興味ある分野なので、

* 機能のデザインを他人より(少なくとも相場を知らない人よりは)よくできる自信があった
* 既存のツールには「つけいる隙」がたくさん見えた
* もしデザインに失敗したり、他社に時期的に先行されたりしても、別のアイデアで挽回できそうな気がした
* ビジネス面でベストな結果にならなくても、自信のある分野で勝負して敗れたならそれはそれで満足感はありそう(失敗の理由を、不得意分野で勝負したから、としたくはなかった)

 という要因がこの分野にチャレンジした理由である。そしてなにより、「成功・失敗にかかわらずやっていて楽しそう」なのがポイント。
 大きなプロジェクトをイチからやるには最低3年はかかるので、新しいことにチャレンジできるのは20~40歳の20年と考えると、チャレンジの回数は多くとも6~7回となる。人生全体で6~7発しか持っていない弾丸をここで発射できるか?というのは大きな決断をするときにいつも考えることです。

 今日はこのへんで。次はお金の話をしようかと。
 あと、今のシリーズは、トレーディングのツールを作るというテーマでは自分の仕事はあと3年かそこらで収束できそうな見通しが立ってきたから書いているものです。(もちろんちっとも収束しない可能性もあります)
 次は全く新しい分野にチャレンジするつもりで、徐々に勉強を開始します。

2012.07.01

価値をマーケットに判定してもらう

 前回の続きです。
 ソフトウェアの重要な性質である、

「作るのは大変だけど、価値のあるソフトウェアが安定稼働しはじめれば膨大な利益を生む」

 という状態にどうやってもっていくか? というのがテーマです。

 まず大前提として、価値をマーケットに判定してもらうようなものでないとこの状態にはもっていけない。
 この対極にあるのが単純な人月単位の請負仕事で、作る製品が最悪のクソでまったく売上があがらなかったとしても契約の金額はもらえる(=損失は発注側がかぶる)一方、大きな利益があっても当初の約束分しかもらえない(=利益は青天井で発注側のものになる)というものである。

 価値をマーケットに判定してもらうということは、製作経費も回収できない可能性も相当高いということなので、何の実績もないまま参入するのは無謀である。もとの資金が最初からその覚悟を負っている場合(VCなど)に比べ、完全に自己資金でやるとなるとリスクはいっそう高い。少なくとも、プロジェクト初期から人をバンバン雇ったり立派なオフィスを構える余裕はない。

 前回書いたように、僕は資質的に経営は無理っぽいのと、他人資本でスタートしたためにたいへんな苦労をしている起業家を複数知っていた(他人資本だったというだけが苦労の理由ではないけども)ことから、自己資金でスタートするというのは確実に決めていた。
 もっとも独立当時での経験では大した知見はもってなかったけど、自己資金でスタートして後から情勢によって他人資本を入れるのは可能だけど、逆向きは不可能ということだけでも自己資金でスタートするには十分な理由である。

 さて自己資金で人を雇わずやる場合、どうしても長期戦になる。
 仮に自分が並のプログラマーの3倍の能力があったとして、
 ウォーズマン理論を適用した場合でも、素の能力で3倍・長時間労働で2倍・コミュニケーションによるロスがないことで2倍の効率で12倍のパフォーマンスを出すのがせいぜいである。
 これは純粋に技術面だけの話で、非技術的なことについての能力は自分は凡人と同等以下だし、長く続けるうちにはモチベーションの下がる時期もあるから、どうみても最初に売り上げがたつまでは最低1年は無収入で乗り切る必要があるわけだ。

 当時は独身だったし、相場での収益もあったので、1年間無収入という金銭面の負担は何とかなりそうだったが、それだけの時間を投入しつづける意欲が維持できるかどうかはちょっと自信がなかった。

 そこで最重要だったのが、「好きな分野のソフトウェアであるかどうか」である。これは本当に重要で、好きなことであるから長くつづけられるし、いいアイデアを思いつく可能性も高くなるし、そしてなにより、仮に無収入期間が長くなったりプロジェクトの失敗が見えてきたりした場合でも、精神的に乗り越えられそうな気がしたからである。

 僕の場合はその分野として相場に関するツールを選択したわけです。
 また続きを書きます。

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